私立大学と国公立大学。贅沢な決断を迫られた生徒が私の元へ相談にやってきた。
「うーん、どっちにしようかなあ。」
朗らかな表情を浮かべ、Sちゃんは悩んでいた。長い闘いの日々から解放され、見事合格を勝ち取った彼女は4月から大学生になる。
「いやしかし、贅沢な悩みだねえ。」
「私もまさか両方受かると思わなかったよー、先生。」
嬉しそうに喋る彼女につられて、こちらまで顔がにやけてしまう。
「第一志望の私立X大学(神奈川キャンパス)だと、家から1時間45分。で、第二志望の国立Y大学(地方)だと一人暮らしか。なるほどね。」
「どうしたらいいと思う?」
「そうだな、とりあえずそれぞれのメリットとデメリットを考えてみようか。」
私立X大学(神奈川キャンパス)のメリット
- 都内での就職に有利
- 実家から通える(通学時間はかかるが)
私立X大学(神奈川キャンパス)のデメリット
- 学費が高い
- 通学時間がかかりすぎる。
- 通学時間が長いため、バイトをする時間を大幅に削られる
- 私立にしては設備がそこまでよくない
「なんかデメリットいっぱいだね。」
「X大学は、ぶっちゃけオシャレ系私大ってわけじゃないしなあ。ウェイウェイできる感じでもないよ、たぶん。」
「ウェイウェイしないし、私。」
「すいません。」
国立Y大学(地方)のメリット
- 学費が安い
- 一人暮らしを体験できる
- 地方ゆえに家賃が安い(オートロック付)
- 自転車で通学できる
国立Y大学(地方)のデメリット
- 初めての一人暮らしに対する不安
- 都内就職への懸念
- 都会ほど遊ぶところが少ない
「メリットいっぱいだよ、あなた。」
「学費安いのは助かる!」
「でも、一人暮らしをするとなると結構大変だぞ。電気が止まったり、ガスが止まってシャワー浴びれなかったり、ゴキブリが出たら自分で退治しなきゃいけないし、自炊もしなきゃいけないし。」
「電気とガスが止まったのは先生だからでしょ。」
「家賃の取り立てもこわいぞ。息をひそめて居留守を決め込んだり。」
「底辺すぎでしょ、先生。」
「俺の話はいいんだよ。っていうか、都内就職希望はそんなに心配しなくていいと思うよイマドキ。まぁ、就活で東京に戻るのが大変かもしれないけど。」
「うん。」
「あとは、直感でどっちがいいか、だな。」
私自身、これまで様々な選択をしてきたが、どれだけ論理的に悩んでも最後の決め手は直感だった。この仕事を辞めようか、新しい挑戦は何にしようか、どの本を買ってみようか、あのBarに入ってみようか、大きなことから小さなことまで、ほとんどの決定は直感によるものだった。
自分に合う合わないは、客観視だけを頼りにしていいわけではない。分析して慎重に考えることも大事だけど、メリットデメリットだけでなく「イメージを何となく抱けるかどうか」も判断材料として大きく持っているのがいいのでは。
なーんてことを思いながら、入学手続きまで時間ないからさっさと決めちまいな、と彼女にアドバイスをして場を締める。
自分の力で必死に掴み取った選択肢だ、どこに行こうが先生は応援しているぞ。旅立っていく生徒の姿を見るのはちょっぴり寂しいけれど、今の彼女の目に映る景色に携われたのは本当に嬉しい。
「長期休みで帰ってきたときは、ここで先生やりなよ。短期でも採用するし。」
「うん、そうする!」
「なんだ、もうどっちに行こうか決めてるんじゃねぇか。」
えへへ、と笑いながらも目の奥は少し不安そうだ。わかるよ、大きな決断をするのだからそりゃ足もすくむよね。ましてやSちゃんはまだ18歳。背中を押してあげる人はたくさんいてあげたほうがいい。
なんでも勢いでやってみればいいのさ、Sちゃんよ。楽しめ、頑張れ、精一杯に力を注げ。